『Myojo』 10000字インタビュー 亀梨和也
『Myojo』 10000字インタビュー
【亀梨和也】
読んでうるうる・・・・
Jr.時代までのお話は端折ります
KAT-TUN結成してからのケンカ
今ならわかるけど、あのころ、誰もが必死で頑張ってたことに気づけなかった
金八のころから野球の練習時間が取れなくなって、プロ野球選手の夢から切り替えた
「なんて言えばいいんだろう。 夢中になれるものが、俺にはもうKAT-TUNしかなかったんだよね」
いちばん年下だったけど、このグループを絶対デビューさせるって思ってた
だから幼かった自分の視野には “本気でやってないの?” とぬるく映る部分があった
デビューについて
「俺は結成されたときから、できる、できないじゃない。 デビューは東京ドームでって思ってたよ。 絶対、このメンバーでデビューする、東京ドームでって」
Jr.時代の転機はタッキーの代役で 『DREAM BOY』 をやったころ
ただ、転機だったのと同時にいちばん孤独を感じていたのもその頃
共演の∞だけじゃなく、KAT-TUNのメンバーとも交われない
稽古終わりのご飯も自分は練習があった
ジャニー 「ユーは背負って生きてくんだよ」
気にかけてくれたタッキー
「夢中でやるしかないんだからカメは」
『青春アミーゴ』
突然撮影現場で 「山下とふたりでCDを出す」
撮影を2時間ストップさせて、納得できないと直談判
「もちろんチャンスだし、念願のCDを出せる。 でも、俺はKAT-TUNで最初にCDを出したかった」
山Pは 「カメが納得しないままやんのはよくないよ」 と待ってくれた
『ごくせん』 での知名度アップ
大きな波に飲み込まれそうで怖かった
自分の足で歩いてる気がしなかった
でも 『青春アミーゴ』 はやると決めたから全力でやった
メンバーへの報告
みんな 「へぇー」
「メンバーに聞いたこともないからホントのとこはわからない。 だけど、そのときまだ、みんな子どもだったし、裏切り者って思ったんじゃないかな。 状況が逆だったら、俺もそう思ってたはず」
『ごくせん』 でも自分が作詞した 『絆』 が使われて、音楽番組ではKAT-TUNとして歌う
ほかのメンバーが作詞してる曲を、自分が出ていないドラマの曲をいっしょに歌わなきゃいけない
イヤだったと思う
優越感なんて微塵もない
金田一にしても、自分が主役で2番手でメンバー
「ドラマの編成上、しかたがないのはわかってても、かなうなら同じ立ち位置で勝負したい。 同じメンバーなんだから」
この頃の亀ちゃん本人の、そして他メンバーの気持ちを考えると、胸が痛くて涙が・・・・
「心の傷なのかな。 今でも同じこと思ってて。 去年の 『DREAM BOYS』 で、ポスターの3人の写真を同じ大きさにしたいって言ったんだよね。 座長どうこうじゃなくて、KAT-TUNでやるってことを
打ち出してって」
当時の気持ちは誰にも相談できなかった
「できないよ。 誰かとわかち合うなんて無理な話だし。 大人になったからこそ、俺の口から言葉になって発せられることだから。 俺も含め、みんな子どもで無我夢中だった。 ちがう角度で
なんて受け止められない。 想いを口になんてできなかった」
ジャニーさんが言ってた “背負う” ってこういうこと
『青春アミーゴ』 で最終的に説得されたのは、ジャニーさんの
「KAT-TUNの為だから」
「ユーの失敗はKAT-TUNの失敗だよ」
背負った荷物の重さ、背負ってることすらメンバーには伝えられない
でも、メンバーはもちろんだし、みんな何かを背負ってると思う
だから特別なことだとは思わない
恩着せがましいことなんて口が裂けても言えないし、言う必要もない
「だって、俺にもプライドがあるから (笑)」
「何より、KAT-TUNのためであるってことは、俺もメンバーなんだから、自分のためでもある。
“俺=KAT-TUN” だから。
今でもそう。
だって俺はKAT-TUNなんだもん」
また涙が・・・
そしてKAT-TUNデビュー
嬉しい達成感もあったけど、少しだけ寂しさを含んだ喜びだった
CDを出せるよろこびも歌番組で自分たちの歌を歌えるよろこびも、メンバーより先に知ってしまってたから
「正直ゴタゴタが何度もあったグループだから、KAT-TUNを継続させるためにってプレッシャーもあった。 絶対、つぶすわけにはいかないって」
やりたいことだけやって流されたら楽だろうとは思った
でも、見えないふりをしようと思っても、そっちの方がストレスがたまった
「だったら、これを抱えて歩いたほうが、俺の人生としては、俺は生きがいがある」
自分から相談したわけじゃないのに、いろんな先輩が絶妙なタイミングで手を差し伸べてくれた
「それに、やっぱり支えてくれてるのはファンだよ。 ファンがいなかったら成立してないから」
受け取ってくれる誰かいるから、踏ん張っていられる
自分で選んできた道
自分の選択が正しかったかなんて自分でもわからないし、正直今も迷ってばかり
「でも、今日まで走り続けて、たしかなものが少なくとも、ひとつはある。
それは、“ひとりじゃない” ってこと。
グループがどうこうってキレイごとじゃなくてね。
何をやっても、ひとりじゃない。
いい意味でも悪い意味でも。
弱ってるとき、それを引っ張りあげてくれるのも人だし、その逆をするのもまた人だから」
デビューではメンバーと同じ感覚でよろこべなかった
その後、同じ感覚でよろこんだことはある?
「もちろん。 毎年のツアー、毎回のライブ。 それは、メンバーとファンと、いっしょに作り上げたものだから。
その達成感、充実感、よろこびは、まったく同じものをわかち合ってる」
個々のメンバーの外での仕事
いろんなステージで戦ってきて集まってる
「それに俺、すげー刺激をもらってる。
だから、メンバーといっしょに走り続けるKAT-TUNの未来が、今、楽しみなんだよね」
どんな時だって、見ててくれる人はちゃーんと見てくれてますよ
過去に背負ってきたものがあるから今の亀梨和也があって
これから背負っていくものは将来の亀梨和也を形作っていって
私もKAT-TUNの未来、亀梨和也の未来をすごーーーく楽しみにしています
でも、喜びを分かち合うと共に、たまにはファンにも半分背負わせておくれ。。。
| 雑誌(亀梨和也) | 14:31 | comments:5 | trackbacks:0 | TOP↑
きららさんへ
当時のあの発表には、ファンも亀ちゃん本人もKAT-TUNメンバーも全員が混乱してうろたえて複雑な気持ちを抱えて・・・
ジャニさんが亀ちゃんに背負わせたものはとんでもなく大きいものだったけど、亀ちゃんは見事にそれを背負いきって、乗り越えてきましたよね
だからこそ、今の謙虚で人を思いやれて魅力に溢れた亀梨和也があるんだと思ってます
そして私はそんな“今”が全てだと思ってます(^^)
こうやって全員の10000字インタビューを読んでくると、それぞれの想いが痛いほど伝わってきて、ますますKAT-TUNを応援したくなりました
5人全員が “俺=KAT-TUN”なんですよね(⌒▽⌒)
| バブ | 2012/09/23 12:42 | URL |